苔のむすまで2 (2003)

 記憶部は主記憶部と補助記憶部に分類される。

主記憶部は半導体で作られ、頻繁に使用されるデータが格納されている。一方使用頻度の低いデータは、大容量の補助記憶装置に格納される。

例えば、ハードディスク、フロッピーディスク、CD/DVDなどのようなものである。これらの装置では、磁気ヘッドやレーザー光線などで、保存基板上の状態を変化させて情報を記録している。

 どのような保存基板を用いるかについては、基本的に任意であるはずなので、この作品では、和風建築の土間などに使われる三和土(たたき)の技法で小石を寄せ固め、その小石の上に苔を植え付けることで情報を記録させることにした。

保存される情報は、日本の歴史上の事件の年号とし、いわゆる日本史年表を作成している。

また、異なる二種類の年表を、異なる二種類の苔を用い、同一の基板上に植え付ける多重記録も行っている。

 記録後、たまたまその周辺の環境に適合した種類の苔が優先的に成長し、どちらか一方の年表が、そのときその場所によりふさわしい日本史年表として浮かび上がってくるだろう。


(1) 年号を2進化10進コードに変換

作成する年表に使用される年号(西暦)は、4組の2進化10進コードに表記が変換される。

例) 1594年の変換

  1     5     9     4

  ↓     ↓      ↓     ↓

(0001)  (0101)  (1001)  (0100)

日本では年号を連続に表記する習慣が無く、また世界史との比較も容易であることから、便宜的に西暦を使用する。

(明治5年に神武天皇即位の年を紀元とした暦が制定されたが、現在は通常用いられないため、ここには採用しない。)


(2) コード化された2組の年号の合成

変換された年号は、無作為に(または意図的に)2組の選択され、以下の方法で合成される。

この合成には、2種類の苔の組み合わせにより作り出される、4パターンの信号を使用する。


例) 1594年と1603年の合成

(3) 記憶基体上に苔を植え付ける

あらかじめ作成された記憶基体(下記・参照)に(2)で合成された信号に従って、埋め込まれた小石の上に苔を植え付けてゆく。

右の図の点線で囲われた範囲が1組の合成された信号を表し、その範囲内の4つの小石に、上から順に合成された信号に対応した苔を植え付けてゆく。

この組が1つの記憶基体に4組埋め込まれており、苔を植え付けることにより、2重に重ねられた信号がこの基体上に記憶される。


(4) 環境の変化による分化

植え付けられた苔は記憶基体上で生長してゆくが、2種類の苔のうち、生育の過程で起きる周囲の環境の変化により適応した種が優勢となり、基体上に繁茂してゆく。

結果として、2重に記憶されたどちらか一方の年号が記憶基体上に浮かび上がる。

分化した後も苔の生育は続き、やがて基体全面を覆い尽くすこととなり、その回の記憶が終了する。

環境が双方の種に適合してしまった場合は、2つの年号は合成されたまま、2種の苔が記憶基体上に繁茂し全面を覆い尽くすこととなり、同様にその回の記憶が終了する。


a) 三和土(たたき)技法

記憶基体の作成には、セメントやモルタルが普及する以前に床仕上げなどに用いられていた、三和土(たたき)技法を応用している。

土や砂、消石灰、にがりを混ぜ合わせ水で練ったものを、舗装したい場所に突き固めてゆく。仕上げに木づちなどでたたくので三和土(たたき)と呼ばれるようになった。

この作品の記憶基体にも同じ材料が使われ、4×4=16個の小石を埋め込み、突き固めるかわりに手で握り固め、成形していった。

三和土は1ヶ月程で十分な強度に達するが、使用後不要になった場合の撤去が容易で、壊してもまた土に戻すことができる。


b) 銘石「さざれ石」

国語辞典の記述には「さざれ石」は「細かい石」とだけあり、固有の種類の石を指してはいない。

この「さざれ石」が実在する石であるとして、岐阜県出身の小林宗一という人物が、自ら発掘した岐阜県揖斐郡春日村産の石灰質角礫岩を、「さざれ石」として全国50カ所近くに奉納していった。

現在春日村のさざれ石は岐阜県天然記念物となっている。